ロシア・北サハリン 過酷な釣行紀 最終章

2時間ほどのフライトとで日本の島が見えてきた。ロシアの大地を体験してくると日本は本当に島国なんだなと実感する。気がつくともう新潟の地に降り立っていた。これだけ何もない移動は久しぶりだったので、ちょっと気が抜けてしまった。それにしても日本も暑い。まさか記録的な猛暑になるとは思っていなかったので、日本に来てまでこんなに暑い思いをするとは思っていなかった。

もう少しで入国だと思ったそのとき、最後のトラブルがやって来た。兄と並んで税関を通ろうと思ったとき、税関のお姉さんが私の前に通ろうとした兄を呼び止めた。
税関員「何をしてきたのですか?」
 兄 「釣りです。」
税関員「この荷物の中は何ですか?」
 兄 「竿が入ってます。」
税関員「・・・・・・・・・。X線にかけさせてもらいます」
 兄 「はあ、ご自由にどうぞ・・・・」

そんなやりとりのあと、やっとの事で兄は入国した。「そうか・・・・俺も見せなきゃだめなんだな」と思って荷物を下ろそうとしたところ

税関員「いや、あなたはいいです。お通り下さい」

はあ?なんだそりゃ。俺はいいのかと安心して通ったが、まだ税関員は兄のことを見ていた。そういや、ロシアに入国するときも、パスポートの写真と兄の顔を確認するために、ロシアの係員が何度も何度も兄の顔を確認していたな・・・。そのときも私はほとんど確認されず、素通り状態だった。

結論・・・・・・・・・・

兄は世界的に怪しく見られると言うことが分かった。

確かに怪しいけどね(笑)

何はともあれ無事に入国したのであった。いやはや何日が経っているのかさえ分からないそんな旅だった。でもこんな貴重な体験はこれから先もたぶんないだろう。この旅の経験が、必ず自分を一回り大きくしてくれたことは確かである。旅でご一緒させていただいたみなさん、ロシアのスタッフさん、そして兄に本当に感謝したい。最後に、こんな33回にわたって「ロシア北サハリン、過酷な釣行紀」を愛読していただいたみなさまに感謝を述べて、この旅を終えたいと思う。本当にありがとうございました。次はエジプト旅行紀でお会いしましょう。


新潟空港に着いた瞬間。いや〜よく帰ってきたな〜

【2008/05/05 19:48】 ロシア・北サハリン過酷な釣行紀 | TRACKBACK(1) | COMMENT(7) top>>

ロシア・北サハリン 過酷な釣行紀 32

 市場での買い物を終え、再び空港へ。しかし、市場には何分滞在したのだろうか。おすすめの店に直行して、後は足を止めることはなかった。足早に外国を駆けめぐるのもなかなか無いが、今回の旅行はおみやげなんて考えている暇がなかったので、ある意味楽である。いつも海外旅行というと、おみやげを買う時間と手間がかかるので、海外旅行のプチストレスになっていた。今回のように選択肢がないのもある意味楽だ。
 
なんだかんだ考えているうちに、バスは空港へ。

やっとここまできたな〜。

飛行機飛べばいいな〜

ちゃんと燃料入ってるのかな〜

飛行機にタイヤついてるかな〜

テロリスト乗ってないよな〜

パイロット、行き先間違わないよな〜

日本ってまだあるよな〜


なんて、バカなこと考える私であった。こんな事考えるなんて「バカ」だと思うでしょ。でもね、これだけのあり得ないことのオンパレードを体験すると、ただ飛行機に乗るだけでこんな事を考えてしまうのですよ。でも「どんなことがあっても何とかなる」と思ってしまっているので、トラブルが起こることを期待してしまう自分もいたのです。人間はどこかでスリルを感じたいという希望を持っているのかも・・・。慣れって怖いですね・・・。


そして飛行機は無事に飛び立った。

さあ、目を覚ますと新潟だ・・・。っと思っていたら、なんと・・・・。


・・・今まではこんなつながりで終わってましたが、これからはなんにも事件はありません。いたって普通の時間が流れていったのでした。

少し寝るか〜。ふあ〜 お休みなさい

【2008/03/30 11:30】 ロシア・北サハリン過酷な釣行紀 | TRACKBACK(0) | COMMENT(1) top>>

ロシア・北サハリン 過酷な釣行紀 31

いや〜よく寝た。
が、本当は今頃ハバロフスクにいるはずだった。朝一のフライトでハバロフスクに戻らないと日本への飛行機に間に合わない。ということで、睡眠時間は短く、朝早くの出発となった。ロビーに来るとおいしそうなクッキーが。クッキーがこんなにおいしいなんて・・・。俺の身体は戦時中になってしまったようだ。ギブミーチョコレート!



ユジノサハリンスク空港。預ける荷物を軽くするために着れるものは着る。リュックに詰められるものは詰める。とにかく体に身につけチェックインに向かう。この旅では当たり前になってしまった。



スタッフが座席確保のために奔走している間の一枚。



なんだかんだでやっとハバロフスクへ。

とにかく暑い。6月ってこんなに暑かったけ?


日本行きの飛行機の出発まで後わずか。ほとんど駆け足の状態だったが、少しくらいおみやげを買いに行こうと有名な市場に寄った。ここで有名なのは「スモークサーモン」。一口もらったがうまい。2きれほど買ったが、真空パックなのに匂いがもれるもれる。日本に帰ったときはリュックがスモークサーモンそのものになっていた。

この匂いで酒が飲める!


市場で写真を撮るとだめだと言われていたので、必殺、画面を見ないで撮る「知らんぷりショット」。とにかく市場はにぎやかだった。

さあ、こんな海外旅行もないだろう。おみやげを買う時間が1時間もない海外旅行なんてね・・・。とにかく目の前にある、今買えるものを買わないとおみやげにならないのである。

そろそろ空港に戻る時間。いよいよ日本だ・・・・・。ってこれからは何もないよな・・・。とにかくすんなり事が運んだことがない旅だったので常に不安感でいっぱいであった。あとは飛行機が飛ぶだけ。

ちゃんと日本に帰られるかな〜。

【2008/03/24 21:18】 ロシア・北サハリン過酷な釣行紀 | TRACKBACK(0) | COMMENT(1) top>>

ロシア・北サハリン 過酷な釣行紀 30

ホテルにチェックイン。ロシアに来て改めて思ったが、ロシア人の女性は美人である。しかもスタイル抜群。街を歩いていると全員モデルじゃないかと思うくらいだ。目がくらんでしまう・・・・・ワオ


ホテルのカウンターの女性もきれいだったよ〜


とにかく飯である。全員真っ黒の顔で汚い服装。他の旅行客が俺たちの団体を見るとどのように見えるのだろう。しかもがつがつと飯を食っている。


これからシャワーを浴びるところ。どうでもいいけど顔がきたねーなー。しかもシャワーのお湯が出ない。水だけで浴びたのだが夜はさすがに冷えるので厳しかった。「ウオ〜」と大声をあげて水シャワーに飛び込んだが、今回の旅で一番気合いが入ったような気がする。偶然廊下を歩いた人は何かの宗教団体かと思うのでは・・・。

とにかく「冷たかった
1週間ぶりのシャワーってすごいぞ〜。シャワー後の床を見るとアカがたっぷりと。こんなに自分のアカを見たことはなかった。

そういえば、小学校の頃の国語の時間に「こんび(あか)太郎」という題材を勉強したな〜。おじいさんとおばあさんのアカを集めて赤ちゃんを作ったって話。みなさんは覚えてます?あのときはなんて汚い、不可能な話だとバカにしていたが・・・・

「できる

このアカの量だったらできる。25年経って「こんび太郎」が可能であるという証明ができた。

ってどうでもいい話ではないか・・・・。とにかく気持ちよかった。

さあ明日はハバロフスクだ。

ところで飛行機に間に合わなかったけど、俺たちは本当に日本に帰れるの・・・・?

【2008/03/18 18:26】 ロシア・北サハリン過酷な釣行紀 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

ロシア・北サハリン 過酷な釣行紀 29

2日目に現れた門番と交わした会話は・・・24時間走り続けた軍用車の中だった。振動と戦っている私に

「この旅で見つけることができるかな・・・・?」

と聞いてきたのである。その時は何を聞いているのかはよく分からなかった。
しかしこの旅を続けて行くに従って、この旅の中に私が求めていたことがたくさんあったことに気が付くことができたのは事実である。

確かに何かを見つけることはできた。でもそれは答えではなかった。

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

気が付くと目の前に線路が現れてきた。サハリン鉄道である。この鉄道の線路は旧日本軍が敷いたものだ。一度、


走っている鉄道とすれ違った。周りの風景と同じように、鉄道から音を感じることはできない。まるで風景の一部になって、影絵のように動いているようだった。





線路に立つと、様々な歴史を感じることができる。日本のように機械的に迫ってくる鉄道の無機質な命は感じない。線路からは、まるで生き物が通る獣道のような生命力を感じた。

何時間バスに揺られたのだろう。気が付くと都市に近づいているのが分かった。

明かりが増えてくる。 複雑だ・・・・。

安心感と寂しさが激しく戦っている。まるでサバイバル生活を含めて長い夢を見ていたように時間の感覚が乱れていた。

ビバーク脱出からおよそ12時間。私たちはやっとユジノサハリンスクのホテルにたどり着いた。

ここまで来たら・・・・

早くシャワー浴びてーよ〜




ホテルのロビーで、無事ついたことに安心している

【2008/03/16 17:04】 ロシア・北サハリン過酷な釣行紀 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

ロシア・北サハリン 過酷な釣行紀 28

医者から目の宣告を受けた後、久しぶりに例の夢を見た。

いつものように昔からの友人が現れ、そして消えていく。

だんだんと最近の友人が出てくると、ゴールが近いことが分かる。

また門番がいるのだろう・・・。夢なのに冷静に夢を分析している自分がいる。

ゴールが近づいた。  門番が立っている。  暗くて顔が見えない。

いつものことだ・・・。

しかし、今日はいつもと違う。

門番
に近づいても声をかけてこない。

暗闇で顔が見えないが、笑っているのが分かる。

そして私はゴールの扉の前で立ち止まった。

いつもは立ち止まることもなく声をかけられ、扉が開けられる。



いつもと違う・・・・。

そう思った瞬間、門番が声をかけてきた。

「やっと分かってくれたんだね。安心したよ。この時を待ってた」

そういっていつものように扉を開けてくれたのだ。

今日は扉の向こうを見ることができる・・・。

そう思っていた。

その時、門番が再び声をかけてきた。

「これからだね・・・・・・」





そして、目が覚めたのである。

私はその時気が付いた。

この門番は・・・・・・・・

「私自身」・・・・・だと・・・・

目の障害を伝えたくて、10年以上も前から現れていたのだ。

それはそのはず、知らないままコンタクトを続けていたら、今はもう失明していたかもしれ

ないのである。

この障害は、絶対にコンタクトを使用してはいけない。私は、コンタクトが苦手で、

スポーツをするときだけしか使用していなかった。それが幸いし、なんとか失明せずに

済んでいたのである。

この障害が分かっていたら、医者は処方箋を出してはいけない。10年ほど前、私にコン

タクトの処方箋を出した有名な眼科医に、この障害が分かってから診察してもらった。



医者は、頭を下げて謝った・・・・・・・。



しかし、医者は悪くない。その障害を判明できる機械は最近発明されたらしいのである。

それに、こんな症例は皆無に近いのだ。

今、その病院の私のカルテには、いつでも角膜移植ができるように、大きい病院への

紹介状がはさまっている・・・・。


「門番」
・・・・・・・それは私自身だった。いったい何年後の私なのだろう。



私はそれからその夢を見ていない・・・・・

久しぶりに門番が現れたのは、この旅が始まって2日目のことだった。

その時の門番と交わした会話。それは・・・・・。






【2008/02/25 23:02】 ロシア・北サハリン過酷な釣行紀 | TRACKBACK(0) | COMMENT(1) top>>

ロシア・北サハリン 過酷な釣行紀 27

この旅を成功させたかった理由・・・

門番が誰かが分かった理由・・・

それはちょうど2年前、ある医者の宣告から始まった。

2年前の今頃、冬はスキーをしている私は、ある大きなスキー場で練習をしていた。

いつもは何ともないコースで大転倒してしまったのである。右目の下を切った。

案の定3針塗って、事なきを得た。右目のけがが治りそうだという頃、スポーツをするとき

だけ使用する使い捨てのコンタクトが無くなって来たので、処方箋を出してもらおうと思い

両目を見てもらった。すると

「左目に傷がありますね・・・」

と医者。実は物心ついた頃から眼科に行くたびに「左目に傷がある」と言われ続けてきた。

そして、医者には決まって「まあ大したことではない」と言われていた。

今回もか・・・。そう思って聞いていたが、実はその頃左目の見え方に疑問を感じていたので、

「昔から傷があるって言われてますが、これから影響が出ないのですか?」

と聞いた。医者は「大丈夫でしょう」・・・と予想通りの反応。しかし、左目の見え方が

おかしかったので、何とか調べることができないかと懇願したところ、精密検査を行うことに

なった。

待合い室で結果を待っていると、なにやら診察室が騒がしい。数分後看護婦が来て、

また写真を撮るという。

待っていると、「もう一度撮る」と看護婦。いいだけ3回も写真を撮った。

10分くらい経って診察室に呼ばれた。

なぜか医者が目を合わせず、おどおどとしている。

そして、開口一番・・・・

「よく聞いてください。あなたの

左目は近いうちに見えなくなるでしょう。」


私「はあ?」

医者が何を言っているのかわからなかった、その後その症状について説明してくれたが、

まるでプールの水に中に入ったまま声を聞いているように私の耳には届くことはなかった。

しかし、現実は先述の通り。

何分間説明を聞いていただろう。帰りはどうやって帰ったかよく覚えていない。


病名は・・・(病気とは言えないものなのだが・・・)

「角膜内皮障害」

病気言うよりは、名前の通り「障害」と言った方がより近いだろう。

今すぐに見えなくなってもおかしくないという。

その後、今に至る2年間でいろいろな事があったのだが、それはサハリン釣行の記事が終了

したら、改めて詳しく載せたいと思う。

とにかく確実なのは、

「近いうちに左目が失明する」

ということ。それだけは確実なのである。

そして、門番が誰なのかが、この宣告を受けてから分かることとなった。

「門番」その正体とは・・・・・

 

【2008/02/21 23:37】 ロシア・北サハリン過酷な釣行紀 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2) top>>

ロシア・北サハリン 過酷な釣行紀 26


「・・・俺の・・・」


と・・・門番に話しかけようと横を見たときには、すでに門番の姿は消えていた。

もちろんバスの中を見渡しても見つからない。まあ、いつものことだ・・・。



門番の事は、10年ほど前から知っていた。でも、門番に気が付いたのは

2年ほど前である。

そして話をしたのはこのサハリンに来てからが初めてだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は10年ほど前から1年間に2,3回ほど全く同じ夢を見ることがある。

その内容は次のようなものだ・・・。

ある学校の廊下を歩いている場面から始まる・・・。私はその廊下を歩いている。流れていく

景色はもちろん教室だ。すると、初めの教室には幼稚園の頃の友達があふれ、私に向かって

手を振っている。次の教室では小学校1年生の頃の友達が手を振って、私の名前を呼んでいる。

次の教室は、小学校2年生・・・・・・・

というように、昔の同級生が次々と現れ、だんだんと最近の友人が現れるのだ。顔を合わせる

たびに、「久しぶり」と声をかけ、たわいもない話をする。そして、最近の友人が現れると

長〜い廊下の突き当たりが見えてくる。廊下は暗い。教室だけに明かりがともっている。

廊下がどうなっているのかの判断がつかないくらいである。

すると、廊下の突き当たりだと思われるところに、必ず一人の男が立っているのだ。

そして私はいつものように話しかける・・・

私「やっとついた。外を見てもいいかい?」

男「ああいいよ。さあどうぞ・・・」

と突き当たりのドアを開けてくれる。その瞬間にものすごい光がさしこみ、

まぶしさで目がくらんでしまう。もちろん、外の景色なんて見えたものじゃない。

ドアをくぐり、さあゴールだ・・・と思うところで必ず目が覚めてしまうのである。

そのドアに立っている男の顔は見たことがない。いつも逆光で見えないのだ。

そして私は、いつからか夢の中に出てくるその男のことを

「門番」

と呼ぶようになった。

その門番が誰なのかが分かったのが2年ほど前だった。分かった理由は、自分の身体の

ある秘密に関係しているのである。

今回の釣行をなんとしてでも成功させたかった理由の一つでもある。

その秘密とは・・・・。

【2008/02/20 22:54】 ロシア・北サハリン過酷な釣行紀 | TRACKBACK(0) | COMMENT(1) top>>

ロシア・北サハリン 過酷な釣行紀 25

(久しぶりのサハリン紀行です・・・しばらくですみません)

(隣に座った門番と話を始めた私。門番は私の心の核心をついてきた・・・)

門番「やっぱりそうきたか・・・・・・・。聞きたいかい。本心で聞いているのなら答えるよ。それが君の今の希望であればね。」

「あのさ・・・・」

門番
「ふむう・・・」

「あのさ・・・本当は聞きたいところだけど、どうも決心がつかないんだよな。それは聞いて自分のためになる結果なの?」

門番
「それは分からないさ、分からないと言うより教えられないと言っておいたほうがいい。なぜなら、俺が答える事は答えになっていない可能性があるからね。なぜなら・・・」

「なぜなら・・?」

門番
「・・・いや、ここからは君の判断だよ。ただ確実に分かっていることは、他の誰に聞いても答えを知らないって事かな。」

「それじゃあ、違うことを聞いてもいいかな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あの廊下にいたのは君なのかい?」



門番
「・・・・・・・・・」

「ほうら答えられないね、やっぱりあの廊下にいたのは君なんだね・・・」

門番
「・・・・・・・他にもいたんじゃないか?」

「いや、廊下から見える部屋にはみんながいたけど、廊下には君しかいなかった。」

門番
「分からないな・・・その答えは僕の中にはない。確実に・・・」

「確実に君だと思う。たとえそれが不確実でもね・・・」

門番
「不確実なのに『確実』っておかしいだろ」

「いやいいんだ。君の場合はね」

門番
「まあいい。それじゃあえて『不確実で確実』と言うことにしておこう。更にあえて聞くと、もし廊下にいたのが僕だったらどうしたいんだい?

「廊下にいたのが君だとしたら、僕は君にあのことを確実に聞きたいと思う。」

門番
「・・・・」

「ふむう・・・返事できないな・・・やっぱり君だったんだね。じゃあ聞くことにしよう。まだ見えてるのかい・・・俺の・・・・」



【2008/02/19 23:40】 ロシア・北サハリン過酷な釣行紀 | TRACKBACK(0) | COMMENT(1) top>>

ロシア・北サハリン 過酷な釣行紀 24

横に座った「門番」が語りかけてきた。



門番「ふう・・。なかなかスリリングな旅だったね。探していたものは見つかったかい?」

「・・・・・」

門番「なんだい黙ったままか。まあどうでもいいけどね。てっきり見つかったのかと思ってさ。俺の取り越し苦労ってわけだ」

「そんな訳じゃないよ。見てれば分かるだろ。見つからなかったことが・・・。」

門番「やっぱりね、そんなことだろうと思った。」

「大きなお世話だよ。でも近づいたのは確かだね。」

門番「へえ、それは必然に?それとも偶然に?」

「それって大事なことなの。」

門番「 ・・・・。 そうか気にしないのなら別にいい。」

「とにかく近づいたのには変わりない。それが必然であろうと偶然であろうとね。偶然も考え方で必然に成りうるだろ。」

門番「 ・・・  納得  ・・・ 」

「ところで君は何しに来たんだい?」

門番「それは君が一番よく分かっている事じゃないか。」

「 ・・・  納得  ・・・ 」

門番「まあ、あえて言うのであれば 『確認』 かな」

「そうか・・・ 『確認』 か・・・。確認の結果はどうだった。」

門番「そうだね。予想以上に期待以上だったね。」

「ふうん。ならよかった・・・・・ところで・・・・・・・・・・まだ 『見えてる』 の?」

門番「やっぱりそうきたか・・・・・・・。聞きたいかい。本心で聞いているのなら答えるよ。それが君の今の希望であればね。」

ふと、窓の隙間から入ってきたかまいたちのように鋭い空気の谷間を感じながら次の返答を

考えていた。

「あのさ・・・・・・・・・・・」

【2008/01/28 22:28】 ロシア・北サハリン過酷な釣行紀 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2) top>>